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先進的介護イノベーションの切り札に!
「スマートライフケア共創工房」を拠点に超高齢化社会に挑む
          九州工業大学 大学院生命体工学研究科 柴田 智広 教授


 2019年10月30日、31日に北九州学術研究都市で行われた「生産性向上・テクノロジーイノベーションフォーラム」。31日11時15分から行われた九州工業大学主催の研究交流会2では、「ソフトロボットによる人間の労働や生活機能の支援」と題し、東京工業大学の鈴森康一教授と九州工業大学の柴田智広教授が登壇しました。
 柴田教授は、先進的介護イノベーションにおけるソフトロボットの活用、そしてアクティブシニアIoTに関するオープンイノベーションの拠点「スマートライフケア共創工房」の特徴について紹介。高齢化が進む現代社会において、ソフトロボットと「スマートライフケア共創工房」は、どのようなイノベーションを起こすことができるのでしょうか?


Profile
九州工業大学大学院 生命体工学研究科 柴田智広教授

1996年東京大学大学院工学系研究科修了。日本学術振興会研究員、科学技術振興事業団研究員、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教授および准教授を経て、2014年より現職に。介護や医療の分野において、ICTやロボット技術を活かしたイノベーションに取り組む。IEEE、電子情報通信学会、日本神経回路学会、日本ロボット学会、日本機械学会、インドロボット学会(The Robotics Society)、盛和スカラーズソサエティ各会員。


加速する高齢化社会について警鐘を鳴らす柴田教授

超高齢化社会の救世主? 最先端ロボットテクノロジー

 我が国が抱える高齢化問題は深刻で、内閣府がまとめた「平成28年版高齢社会白書」では、2020年には1人の高齢者をわずか2人の現役世代で支えることになると予測されています。事実、北九州市の高齢化は、政令指定都市のなかでも全国平均を上回る速さ。この超高齢化社会ともいえる現状を打開するために、予防医療、介護予防、医療・介護従事者の負担予防、コンパクトシティ化を含む新たな町づくりなど、様々な政策が行われています。
 「我々学者としては、ICT(情報通信技術)やIoT(もののインターネット)、ロボットテクノロジーなどを活用していきたい」と語る柴田教授。これまで約10年にわたって、ICTやソフトロボット学を先進的介護イノベーションに持ち込む活動を展開しています。国家戦略特区に指定された北九州市では、介護ロボット等導入実証事業が推し進められており、柴田教授は大学、医療・福祉関係者、福祉事業者、利用者などで構成される「介護ロボット等導入実証事業ワーキンググループ」にも参加しています。

研究に不可欠な介護施設とのコミュニティを構築

 超高齢化社会の切り札として期待される、ロボットテクノロジーを活用した先進的介護イノベーション。しかしコストやリスクの面で課題が残り、さらにマーケットの細分化により、ニーズを掴むことも容易ではありません。これに対して柴田教授は、「政府や自治体だけでなく企業、介護施設ともコミュニティを構築する必要があります。障碍者の方をリクルートし、多くの意見に耳を傾けながら開発していかなければなりません」と、当事者研究の重要性を説きました。
 柴田教授の研究室では、広島大学とダイヤ工業株式会社(岡山県)との共同で、歩行訓練支援システムの開発および、試作品を作って公開するというプロトタイピングを実施。このシステムには、電動装置を使わずに身体機能を増強できる、低圧高収縮タイプの人工筋肉が使われています。片足に荷重センサーが入っており、自分で一歩踏み出すと反対側が自動的に引っ張られるという仕組みになっています。
 さらに、パーキンソン病患者の方のすくみ足防止を目指して、普段使いできる歩行アシストの開発を産業医科大学、広島大学とともに進めています。「比較的重度なパーキンソン病患者の方を対象にした試験では、装置を使っている時と使っていない時を比較したところ、明らかに歩行速度が違いました。この成功を機に、多くの被験者をリクルートして実験を行う体制ができました」と、先進的介護イノベーションの足がかりを示しました。


世界初形式のロボットハッカソンについて説明する柴田教授

イノベーションの鍵は、飽くなき研究サイクル

 ソフトロボットの研究において、柴田教授は“アイデア、プロトタイピング、実証評価”のサイクルを繰り返すことが大切であると強調。すでに、プロトタイピングまでは進んでおり、2017年には「HEBIスマートアクチュエータ」を用いて、“生活支援ロボット”をテーマにした世界初形式のハッカソン(ソフトウェア開発イベント)「HEBI Hackathon in 北九州」を開催しました。「HEBIスマートアクチュエータ」とは、アメリカのHEBI Robotics 社が開発したロボット構築用モジュールのこと。用途や目的に応じたロボットを短期間で製作することができ、ハッカソンではニーズの高い食事介助ロボットを作ったチームが優勝しました。柴田教授は、「今後しっかり取り組まないといけないのは、実証評価。アイデアを出してソフトロボットを作って終わりではなく、本物を目指していかないといけません」と気を引き締めます。


「スマートライフケア共創工房」は、共同研究の相談も歓迎

北九州に誕生した先進的介護イノベーションの拠点

 “アイデア、プロトタイピング、実証評価”のサイクルを実践する場として活用されているのが、2018年に北九州市と九州工業大学の共同事業として北九州学術研究都市内に完成した「スマートライフケア共創工房」です。施設は、プロトタイプ開発の作業が容易に実施できる「プロトタイプ開発ゾーン」と、機器や研究の体験や計測・評価ができる「体験・評価ゾーン」の2つのゾーンで構成されています。
 「プロトタイプ開発ゾーン」は、高性能高コストのロボットモジュールを用いたプロトタイピング、3Dプリンタを用いたラピッドプロトタイピング、低圧高収縮低コストの空気圧人工筋を用いたプロトタイピングなど、先進的介護イノベーションを推し進めるための様々なプロトタイピングに対応。一方で「体験・評価ゾーン」には、高性能な光学マーカー式モーションキャプチャや筋骨格モデル動作解析ソフトウェア、装着式モーションキャプチャといった人間を計測する装置が充実しており、その性能は世界でもトップクラスを誇ります。
 「スマートライフケア共創工房を先進的介護イノベーションの一つのツール、拠点として活用していきたい」と青写真を描く柴田教授。高齢化社会を救う先進的介護イノベーションへの取り組みが、この「スマートライフケア共創工房」から始まっています。